「自分の中に毒をもて」を解説してみた!

「芸術は爆発だ」

この言葉で有名な、岡本太郎さん著の本「自分の中に毒を持て」をご紹介していきます。

「時間に余裕が無い!」「重要な点だけ知りたい!」という方は、☆印を付けた部分のみを読んでいただければ幸いです。

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Contents

1.「三日坊主」は実は悪くない?(⭐︎)

真面目過ぎる日本人

何か新しいことを初めても、三日坊主で終わってしまうことって良くありますよね。

Writing.ch

私も「また三日坊主で辞めてしまった…」ってよく落ち込むことがあります。

継続」や「習慣化」と題した自己啓発本がベストセラーになり、多くの人が日々の習慣から人生を変えようチャレンジしています。

しかし一人前に計画を立てたものの、結局行動できずに挑戦を諦めてしまう。そして「あの時できなかったから…」と、次の挑戦を諦めるという「負のループ」が発生してしまいます。

計画は駄目で元々

三日坊主で構わない、その瞬間に全てを賭けろ

岡本太郎さんはこの言葉を残しています。

あることに挑戦して失敗したら、また別の計画を立てて取り組む。また駄目でも別のアプローチから攻めてみる。

以上のように、しょっちゅう計画が頓挫することも「計画通り」という意識で取り組んでみる。

三日坊主で終わる=自分に合わなかっただけ」と認識するのがオススメです。

三日坊主は悪い事ではなく、むしろ「挑戦」したのだから自分を誉めるべきだ。三日坊主でいいから、新しい事にどんどん挑戦しよう。

2.好かれるやつほどダメになる

内向的な性格でも問題ない

自分は内向的な性格で、上手く話せないし、友人もできない」と悩んでいる人は、SNSの普及した結果、昔より増えたように思えます。

しかし内向的な性格は本当に悪い事なのでしょうか? 

むしろ内向的な性格は「防衛本能」に基づいており、人間本来のあり様であると本書では書かれています。

無理して外向的になる必要は無い。生まれ持ったかけがえのないアイデンティティなのだから、胸を張って内向的であるべきだ。

引用:自分の中に毒を持て

偉人は、内向性と外向性を兼ね備えている

普段は内向的でも、勝負時に強い外向性を発揮する「内向性と外向性を兼ね備えた人」が偉人には多い傾向にあります。

生活する中で、「無理に周りの意見を合わせる人」や「やりたくない仕事を何でも受け入れる人」など、皆さん一度は目にしたことはありますよね。

これは「周りが期待するように振る舞えば、自分を可愛がって貰える」という、つまり皆んなに悪く思われたくない気持ちから生まれるものです。このように無理に外向性を発揮しようとして、精神を病んでしまうケースはたくさんあります。

現代人は自他に甘え過ぎていて「本当の自分を外に突き出していない」。
だから裏目に出てしまうのだ。

自分でもそれは感じるだろうし、相手も裏目を感じて深く付き合おうという気になるはずがない。

引用:自分の中に毒を持て
Writing.ch

内向的な自分」と「外向的な自分」の両方を鍛えてあげると、より良いかもしれないね。

ペンギン君

勉強になります。

なぜ周りに気を遣う必要があるのだろう

過剰に周りに対して気を遣う人がいるとしましょう。

こういうタチの人は無意識に気を遣うのだけれども、これは「他人のためというより、自分の立場を良くしたい」というエゴの塊である場合が多くあります。

この癖を脱却するには、「もっと自分を突き放してみてみる事」。

他人に好かれようとせず「孤立しても良い」と腹を決め、自分を貫いていけば本当の意味で喜ばれる人間になれると、岡本太郎さんは言います。

またソクラテスは以下の言葉を残しています↓

良い評判を得る方法は、あなた自身が望む姿になるように努力する事だ

またジョディ・フォスターも名言も見てみましょう↓

理解されることは、人生で最も重要な問題ではない

成功したと言われる人達は、皆自分の信念を貫き通し、理解されずともありのままを生きていたという共通点があります。

内向的でも良い。無理に外向的になるのでは無く、「自分の信念を貫き通す」という部分で外向的であるべきだ。

周りに影響され、自分の本心を曝け出せいない人は外向的でもそれなりに苦労している。

引用:自分の中に毒を持て

3.一度だけの冒険は、本当の意味での冒険ではない(⭐︎)

一度だけの冒険はただの甘えである」と著者は主張しています。

冒険は良いことです。普段やらないような事に自分の人生を賭け、視野を広げていく行為。これは確実に自分の人生をより豊かにしてくれます。

しかしながら、なぜ著者はそれを「甘え」と言うのでしょうか?

以下の文を読んでみましょう↓

冒険は気まぐれのお遊びであり、一時的なスリルで満足してしまう。

運命全体を負わず、再び元の惰性に戻ってしまうからだ。虚無に打ち勝たなければいけないのに、満足して逃げてしまう。

引用:自分の中に毒を持て

大人になり、多くの人々が自然さや無邪気さを失ってくる。それを再獲得するキッカケとして、「冒険」というお遊びがあるのなら当然あって良いだろう。

ただ、それを通して、自分の運命に責任を持つか持たないかで大きく意味が異なってきます。

Writing.ch

ただ単純に冒険するだけではなく、「自分の人生を賭ける覚悟」で望まないけないんだね。

危険に満ちた人生

「甘えた冒険ではなく、格好を付けた変わったことをやる事でもなく、日常生活の中で、この社会全体に抗いながら最後まで闘い抜く」

これこそが危険に満ちた人生です。

何でもない事に自分なりの筋を通し続ける、このようにして人生全てを冒険に捧げる事に本当に意味があるのではないでしょうか?

朝起きて寝るまで、瞬間瞬間の闘い。ごく些細なものから重い決断まで、様々な瞬間に賭けて、挑戦し続ける必要があるのです。

今更「冒険」などと、カッコイイ、安易な言葉を使う必要はないです。人間は必ずしも成功することが喜びであり大事なのではない。

「闘って後に崩れる」、その絶望と憤りの中に強烈な人生が彩られるのです。

引用:自分の中に毒を持て
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